奈良県の南部、御所市。名峰・葛城山からの清らかな水が湧き出るこの街に、地元・奈良だけでなく全国にその名を轟かせる一軒の酒蔵があります。

その名は油長(ゆうちょう)酒造。その歴史は古く、江戸時代中期、享保4(1719)年に創業。13代にわたって清酒を作り続ける伝統ある酒蔵で、新たな挑戦を続ける革新的な酒蔵です。

 

 

奈良を代表する日本酒「風の森」を醸すことで知られるこの蔵。奈良だけでなく、全国の日本酒ファンをも魅了するこのお酒の誕生までの経緯について、油長酒造の代表取締役社長を務める山本嘉彦さんに聞いてみました。

 

生酒がほとんど流通しない時代に産声をあげた「風の森」

油長酒造を代表するお酒といえば「風の森」。

日本酒を飲んだことがない若者、日本酒にいい思い出がないという人たちでも「日本酒って美味しい!」とお酒の虜にしてしまうという魔法のようなお酒。

 

 

日本酒が好きな方であれば知らない人はいない–

そう語っても過言ではない「風の森」そこには、イノベーティブな酒蔵ならではの想い、パイオニアとして挑戦し続ける姿がありました。

 

ならまっぷー いつごろ、どのようにして「風の森」というお酒は誕生したのでしょうか?
山本さんー 今からおよそ20年ほど前のことです。火入れをしないお酒を飲んでもらいたい、そう思い先代が始めました。しぼりたてのお酒は本当に美味しいのですが、当時は全くと言っていいほど流通していなかったんです。また、風の森のような生酒は品質が不安定で販売店での管理も難しいという問題もありました。
「すっぴんのお酒をお客さまに提供したい」、それまで蔵開きなど限られた時にしか飲むことのできないお酒を世に出回らせたいと考えて造り始めたのがきっかけです。

濾過、火入れがされ、スーパーなどでも安定した品質を保てるお酒が流通していた当時にあって、異端ともいえる当時の取り組み。ただ折よく、クール便など冷やされた状態のまま流通できる仕組みが整いつつあったことも「風の森」という無濾過かつ生のお酒を消費者に届けることができるようになったのだそうです。

 

すっぴんのお酒を楽しんでもらいたい」そんな社長の熱い想い、流通網の整備があって今では様々なところで飲むことができる生酒の先駆けとして「風の森」は誕生したのです。

 

風の森に込められた、地元・奈良への想いとは?

「有史以来米と共に4,000年以上の時を歩んできた日本人。だからこそお米から出来た醸造物である日本酒の味わい、お米ならではの甘み、旨味を頭でなく、本能、DNAで感じることのできるお酒がしぼりたてで、そのお酒を追求していきたいと考えています。」と語る山本さん。

 

それだけでなく、風の森には奈良を代表する地酒ならではの熱い想いが込められていました。

 

ならまっぷー 風の森のフラッグシップ米である秋津穂に関しては酒造好適米ではなく、飯米ですよね。一見お酒造りに向いていないのでは、と思ったのですがどういったきっかけで奈良県産の飯米を使うことになったのでしょうか?

 

山本さんー 近くで秋津穂が栽培されていたからです。今でこそ酒造好適米、そうでないというものの括りがありますが、一番古い酒造好適米の「雄町」でどれくらい前のものかご存知ですか?

ならまっぷ− 雄町…。ということはそれほど歴史がないですよね。おそらく江戸時代頃でしょうか…
山本さん− 実は「雄町」で江戸時代末期、「山田錦」に至っては80年ほどの歴史しかないんです。それまでは酒造好適米といった括りなどはなく、地元のお米を用いてお酒造りが行われていたはずなんです。「風の森」に関しては地元の農家さんからのお米を仕入れ、地元の人に飲んでいただける「顔の見えるお酒」を造りたかったので、近くで栽培される秋津穂を分けていただいて造ることにしました。

様々なお米を用いて「風の森」を醸す油長酒造さん。現在でも奈良県産のお米が75%程度を占めるのだとか。奈良のものでいいものを造りたいー

 

そんな思いもあり、風の森のフラッグシップともいえる秋津穂への思い入れは強く、油長酒造さんで醸す他の酒米よりも良い造りを、という気概を持って取り組んでおられるのだそうです。

 

「風の森を風の森たらしめる」酒造りの決まりとは?

奈良県産のお米を主に使用してお酒造りが行われている油長酒造さんの「風の森」。実は、「風の森」には風の森たらしめる、あるルールがあるのだとか。造りへのこだわりにういて話をうかがいました。

 

ならまっぷー もともとは純米酒で。というルールで風の森が生まれたそうですが、このほかに風の森を醸す上でのルールなどはあるのでしょうか?

 

山本さんー 風の森は純米酒であるということの他に

  1. 無濾過
  2. 無加水
  3. 生酒
  4. 酵母はどのお酒においても7号酵母

 

という決まりを定めてお酒造りを行っています。

すべての麹、酵母を変えないという点が他の蔵にはない特徴で、これだけのキーが揃っているからこそ、風の森を飲んだ時に「あっ、風の森飲んでる」とわかる独特の風味が生まれるのです。

 

例えば、大きな蔵であれば大きい自動車メーカーのように幅広い商品を作れますが、小さな酒蔵が生き残るためにはある一点を研ぎ澄ませないと大きいところには勝てない…。そういう思いでスタートしたのが無濾過・無加水、生酒、7号酵母を用いた風の森です。

 

ならまっぷ- 酵母が味を変える重要なファクターとなりますが、風の森に関してはお米が味を左右するキーになるということですね?

 

山本さん– 様々なルールの中でお米の違いだけを表現するのであれば、他の要素は一緒にすべきだと考えています。そうでなければ違いがわかりにくくなってしまいます。

一方、風の森というお酒は造りを単純化することで、お米の違い、風合いとともに風の森らしさを感じることができる。これが私たちの目指すお酒造りです。たとえ目を瞑っていたとしても、「風の森を飲んでいる」とラベルやブランドではなく、「舌」で美味しいと感じていただけるのが理想だと思っています。

 

様々なブランドが人の味覚を幻惑させるなか、決して「知識」ではなく、舌で感じる美味しさを…

造りのコンセプトを明確に定め、ルールをシンプルにすることでどのお酒を飲んでも感じられるあの「風の森感」を生み出していたのです。


「磨かなくても美味しい」酒造りを行いたい

銘柄ではなく、「舌で感じる」ことを大切にし、お酒造りを行う油長酒造さん。風の森ならではの「造り」について聞いてみました。

 

ならまっぷー 風の森といえば「しぼり華」と呼ばれる造り。そもそもの事を伺うのですが、これはどういった造りになりますか?

 

山本さんー お酒を造る工程で圧搾をしてお酒を取り出しますが、その際、圧搾する力を一般的な工程よりも弱くしています。

 

ならまっぷー こうすると、一般的なお酒とどう違いが出るんですか?

 

山本さんー 力をいっぱい入れる事で、たくさんのお酒を得ることができます。一方で、日本酒の味わいのバランスを取るのが難しくなります。風の森は味わいに透明感がある状態で飲んでいただきたいと考えているので、あえて圧力をそれほどかけずに提供しています。

 

ならまっぷー なるほど、こうして透明感があり、イキイキとした風の森が生まれているんですね。さて、風の森といえば全体的に精米比率の低いお酒が多い印象があります。これはどういった想いで設計されているのですか?

 

山本さんー  個人的にはあまり磨いていないお酒が好きということもありますが、磨いたお酒が数多くある中で、あえて磨かないお酒で「えっ、こんなにキレイなお酒を造るの」と口にした方に思っていただけるようなお酒造りを行いたいと考えています。

 

お米を○%まで磨いた!そんな売り文句を目にすることが多い日本酒業界。山本さんの考えるお酒造りはまさに対極に位置するもの。「磨きをかけない」お酒づくりの技術を磨き、お米本来の持つ甘み、旨味を感じながらまるで磨きをかけたお酒のようなキレイさを追求しているのです。

 

今回の上編では、風の森が産声を上げるまでの経緯、風の森というお酒に込められた想いやルールなどをご紹介!次回の下編では磨かなずにして美味しいお酒を醸す“風の森”の酒造りとは一線を画す山本さんのさらなる挑戦、特別に入ることのできた酒蔵の中などの様子をご紹介いたします!